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「何だって?」

 問うたわたし同様、ブライアンもてっきりターゲットはT世と思い込んでいたのだろう。目を丸くしている。

「何故U世なんだい?」

 わたしたちの反応がよほど面白かったのだろう。マライヒは、今にも声を上げて大きく笑い出しかねないところを必死に抑えている、という風に深くうつむいて肩を震わせている。その様さえ可憐に思えるわたしは、全くどうにかしている。

「T世じゃないの? どうして? 」

 不満げに言い募るブライアンに、マライヒはようやく顔を上げて、ぼくに聞かれても、と肩をすくめてみせる。笑いを押さえ込んだ苦しさに目が潤んで、青い瞳のきらめきが際立つ。

「確かに、マライヒに聞いても仕方のない事だな。暗号の解読に間違いはないんだろうな?」

 新人<eロリストを名乗る人物から送られてきた、意味をなさないアルファベットの羅列。添えられた、

「名前を売るためと腕試しを兼ねて、英国情報部バンコラン少佐へ挑戦する」

という子供じみた文章と、わたしが関与したここ数ヶ月の事件や出来事の新聞記事の切り抜き。

テロリストが名を売ってどうするのか、いたずらに過ぎないだろうと思いはしたが、放置も出来ず暗号解読を担当部署に依頼した。乱数表や暗号解読の基礎パターンに添って暗号解読班が一週間挑戦してやっと解読出来たのが、「ロンドン塔、ダイヤ、U世」という三つの言葉。

マライヒの説明を聞きつつ、ブライアンはまずいコーヒーをすすっている。私はもう、手を出す気にはなれない。

「暗号文は随分長かったはずだが、読み取れたのはその二つだけなのか?」

「まだ解読を試みてくれているんですが、どうやら基礎パターンが役に立たないみたいで。ルーキー≠ェ独自に編み出した法則に則って書かれているらしいんです。それも随分変則的で」

「やっかいだな」

「でもようやく法則性が見えてきたので、他の箇所も近いうちに、と報告書に添えられてます」

「そうか」

 頭の良い子供の行き過ぎた悪戯か、頭の切れすぎるやっかいな新人テロリスト≠ゥ。今の時点では判断がつきかねる。ならば、後者と考えて対応策を取るほかない。

「カリナンU世は大英帝国王冠についていたな」

 U世を選んだ狙いがあるとすれば、そこか。マライヒも同じ事を考えていたのだろう。こくりと頷いてブライアンに視線を送る。

「そうです。カリナンU世、アフリカ第二の星とも呼ばれますが、これは大英帝国王冠に飾られています」

 しかし、とブライアンが続けたがるのを、わたしは遮った。言いたいことは分かっている。イギリスの王冠として、王位の象徴としての地位ならば、聖エドワード王冠の方が上なのだ。確実に。戴冠式では例外を除いて聖エドワード王冠が用いられるし、その図版表現は英連邦王国のあらゆる場所において、軍や警察、政府や王家の非政府組織において、王権を示すために使われる。王権を表すのは、大英帝国王冠ではなく、聖エドワード王冠なのだ。

「王冠じゃなくて、ダイヤそのものなのかな」

「わからん」

 現時点では。なにしろ、手がかりが少なすぎる。

 はっきりしているのは、ロンドン塔のダイヤモンドが狙われている、どうやらカリナンU世らしい、ということだけだ。

 怪談マニアのブライアンは、カリナンU世についてはこれ以上の情報を持っていないのだろう。少し手持ち無沙汰な様子で相変わらずまずいコーヒーをすすっている。

「ブライアンさん」

 声をかけたマライヒは、カップを手にしてはいるものの、口にする気配はない。当然だろう。旨いコーヒーを飲んだ後に、泥水コーヒーはとても飲めない。

「他にダイヤについて何かご存じなことはありませんか?」

「いや、今のところは。家に帰って本を当たれば、何か見つかるかも知れないけど」

 どうする?、と目眼で問うマライヒに首を振り、後はマライヒが調べるよう指示する。おそらくブライアンに任せるより、そちらの方が効率が良い。

「わかりました。ブライアンさん、何か良い資料があったら、教えて下さい」

「ああ、わかった」

 不必要なほど爽やかな笑みを残し、それでは失礼しますと礼儀正しく述べて、ブライアンは部屋を辞した。

 

 

 

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